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スタジオ・イカルスデザイン:コラム

個性的な建物

 バブルの時代、街のそこかしこで、それまでになかった形の建物が立ち上がっていきました。とても個性的な建物だということは分かっても、個性に限界があってもいいと思わせる建物も少なくないですよね。こういった光景を目にすると、デザインにとって個性とはいったい何なのだろうかと考えさせられます。

 私としては、個性って、目的ではなくて結果に過ぎないと思っています。それは、デザイナーの職能とは、個性的なものを表現することではなくて、どこまで配慮が行き届いているか、その形となった必然的経緯を説明する行為だと考えているからです。

 基本的に優たデザインとは、それが建物であっても、車であっても、あるいは食卓の小物であっても、ある必然の上に成立しているものだと思います。そこには、そのものが存在すべき条件というものが必ずあるはずで、その条件を満たしていなければ、そのものは誕生しなかったでしょうし、条件が大きく変化していけば、そのものは消え去っていくたぐいのものだと思います。

 したがって、そのものを存在させるために考慮を繰り返した結果、少し見慣れない形態が出現し、それを見た人が「個性的」と判断したとしても、それはその見た人の主観によって判断された結果であって、決してデザイナー自らが求めていくものではないような気がします。  

[大塚裕昌, studio icals]


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