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人間と環境

〜お父さんのへや〜

三谷真衣

 

目次

私に影響を与えた3つの環境

  1. 小さな図書館
  2. 小さな命
  3. 小さな手紙

 

私に影響を与えた3つの環境

 今の私を形成してきた環境は、主に3つ考えられます.まず第一に考えられるのは、私にとって偉大な存在である父の事です。私の頚の中にある知識、常識、秩序、全ての基本となる考え方は、先天的にも、後天的にも、父の影響なしでは成り立っていなかったのではないかと思われます。私にとって父の存在は、教科書のような、哲学書のような、図鑑のような、まるで小さな図書館のようなかんじです。父とのコミュニケーションのなかでわたしという人間が形成されたことは過言ではないと思っています。

  第二に考えられるのは、ペットを飼っていたという経験です。記憶のかすかにしか残っていないペットのうさぎは、あまりにも私が小さすぎてわかりませんが、影響をうけた主に2つの小さな命がありました。「主に」と示したのには、ペット以外の捨て犬、捨て猫がかかわるからです。今も私の家には、「ポチ」という猫がいます。そして昔には、弟とお年玉をあわせてペットショップから手に入れた「タマ」という犬がいました。しかし、タマ(犬)は、わが家に来て1週間もたたないうちに、小さな命を天にあずけました。命のはかなさや、そのとき家族と話した「愛」については、わたしをおおきくしたと思っています。

 第三に考えられるのは、「小さな手紙」という私の日記です。この日記は、私が保育園時代から書き挽けて、現在も緑いているというものです。この日記は、1ページの上半分に、今日の出来事が書かれていて、下半分は自分への手紙になっています。その小さな手紙に何度励まされてきたことか、私にとっては大事な宝物です。自分で書いた手紙は、私のことをよく知っているうえに、客観的に私を映します。自分で自分に影響を与えているように思います。

 大きくみて上記3つの環境が私に影響を与えたと思われます。このことについてこれからまとめてみたいと思います。

 

小さな図書館

 私が昔住んでいた家には、畳3帖程の小さなガラス戸の部屋がありました。その部屋は縦に畳を3帖並べたような、細く長い部屋で、家族の間では「お父さんのへや」とよばれていました。部屋の中は、おびただしいほどの本でなんともいえない本の匂いがしていたのを覚えています。
 昔から、わからないことがあったとき、迷っているとき、自信のないときいつも父に相談していました。なかなか答えを教えてくれない父は、夜遅くまで、「お父さんのへや」で一緒に悩んだりしてくれました。
 前にも述べたとおり、今の私を形成してきた環境において、切っても切れないのが、父の存在です。もちろん母の影響もたくさん受けていると思います。しかし、私の全ての基本となる知能、知識、常識、秩序、感性...。これらは先天的にみても、後天的にみても、父の影曹を受けていると思います。
 しかし、「私が影響を受けた人」といったテーマなら間違いなく父のことをさしますが、今回「私が影響を受けた環境」というテーマなので、あえていうならこの「お父さんのへや」をあげました。
 「お父さんのへや」では科学、哲学、芸術、神話...たくさんの話しがされました.美しいもの、きれいなもの、本当に大事なこと、愛すること、生きること、死ぬこと...。たくさんの思想、考え方のたくさんつまった「お父さんのへや」は、まるで小さな図書館でした。
 大きくなって、年頃の女の子はなぜかお父さんを嫌う傾向があるようですが、私にはありませんでした。父はいつも、もちろん今でも、私が一番尊敬している人です。父も私にこういいます。「世の父親が、子供たちからコケにされるのには訳がある。父親の努力する姿、一生懸命な姿を見ていないからだ。それにもまして、父親たちが子供に対して無責任で、また、専敬される存在でいようとしていないからだ。」と。
 父はよく「お父さんのへや」で本を読んでました。「人は忘れる生き物だからね、こうやって開いてしまった頭の棚にまた知識を入れるんだよ。たぶん毎日のように何かを忘れていくんだ。だから毎日何かをいれていくんだよ。記憶の棚は使わないと減っていってしまうからね。」
 ほんらい本とは、何かを次の世代へ伝えるためのもの。今もそれは同じだと思うけれどほかに、「自分の知らない世界にいけたりするもの」と私はかんがえています。その世界は、実際にない世界であったり、ただ自分が知らないだけの世界だったりします。私はたく さんの本に囲まれ育ちました。そのせいもあって、本が今でも大好きです。
 私にとって父の存在は、父が小さな図書館とよんだ「お父さんのへや」と同様に、小さな図書館そのものです。
 私は今、スペースデザイン学科のディスプレイコーに所属していますが、将来、ほんとうになりたい職業は「絵本作家」です。自分の創った絵本を自分の子供に読んであげたいのです。その時私と私の子供がいるところは、畳3帖程の小さなお部屋なんて考えたりしています。

 

小さな命

 今、私の家にはポチという名前の猫がいます。その前にはタマという犬をかっていました。タマ(犬)は、私が当時小学校2年生の頃に、弟とペットショップでひとめぼれしたヨークシャテリアでした。気の強いオス犬でしたが、まだ小犬で家の本の少しの段差くらいも降りられない可愛い犬でした。
 しかし、原因不明のあまりにも突然の死が待っていました。それは、私たち家族とタマ(犬)が出会って1週間もたたない日の出来事でした。私も、弟も、たくさん泣きました。母はただぼうぜんとしていました。父はその夜普段はあまり飲まなかったはずのお洒を飲んでいたのを覚えています。
 次の日冷え切ったタマは、灰になりました。私たちきょうだいは、まだなにかあきらめきれずに泣いていました。命はこんなにももろいのかと幼ながらに思いました。
 父は、私と弟を「お父さんのへや」に呼びました。そして話し始めました。「タマに感謝しないとなっ。あいっは命と引き換えに大切な事をおしえてくれたのだから.あんなに小さな体で」
 父はしばらく私と弟にはなしました。母は、ただ黙ってうなずいていました。

 「また死んじゃうから」弟は嫌がりました。今家にいるポチ(猫)を飼うことになったからです。弟が母に告げたのは、「お父さんのへや」ででした。
 いきているものはいづれ土にかえる。頭ではわかっている弟が、父にもそういいました。父が弟にどういい聞かせたのかは、私も知りません。
 しかし、今家にポチ(猫)がいるということは、何かあったのでしょう。

 「ポチ(猫)を愛しているか」私は父にそう聞かれたことがあります。私はもちろんうなずきました。そこからなにも聞かれませんでした。その日はむかし飼っていたタマ(犬)が土に帰った日でした.幼すぎた私と、いまの私。父はなにも言わなかったけれど大人になった自分に会えた気がしました。あの頃とはちがった雰囲気の愛がみえたのに気づきました。

 

小さな手紙

 私には保育園時代から続く 日課があります。それは日記を書くことです。「小さな手紙」これは、その日記の題名で、表紙に書いてある言葉です。もちろん現在も書き続けています。この日記は、1日1ページで、ページの上半分は今日の出来事などで、下半分は自分に当てた小さな手紙になっています。内容は、まるで自分が書いたとは思えない上半分の内容(意見)とは、まったく違ったもののことが多いように思います.今までのこの何年間は何度この「小さな手紙」に励まされてきたことか私にとっては宝物です。あたりまえのことだけど、いっも払に「小さな手紙」をくれる自分は客観的だけど、払のこと分かっててくれて、少し変だけどいい閑係です。





 残念ながら中学2年生になって引っ越しをしました。あの本の匂いのする畳3帖くらいの細く長い「お父さんのへや」ともお別れをしました。今ではこたつが「お父さんのへや」みたいです。そしてこの日記の下半分
「小さな手紙」は、私の「小さな小さなお父さんのへや」です。